『箏・現代を翔る』宮下社秀会
すばらしい箏の音色美を求めて

一、芸道の修行

私共の伝統芸術は精神道、技術道を合わせ持つ芸道で先ずは人道を極める修業。そのために忍耐を持ち技術を体得することにある。精神道として自身を磨くための修業は、自分に厳しく、日常茶飯事の会話から、身の熟し、他人への労りの心、自然の事象、即ち風の音、波の音、蝉の声、月の光、四季の変化等、一つ一つの事柄に細心の注意を払い神経を傾けねばならない。それにより音楽に必要な鋭い勘と豊かな奥深い音色を身に付ける事が出来る。技術道においては只一向に一音を無心に響かせ覚える芯のある爪音と艶、千回、万回と手法を弾き頭より反射神経で自然の手の動きの感覚を掴む事が大切である。又超技巧のマスターには自分に負けないより強い心と一層の努力のみで、冬は寒稽古、夏は暑稽古と冷暖房は無用の精神鍛錬が真の芸道を授けてくれる。私の十代、二十代の修業時において右手は長時間の練習で爪皮が指から離れず血の滲む事が常であったし、左手は箏糸を強く弾き水疱となり何度も潰れ固い豆となっていた。私はこれ等の修業で「忍こそ芸の心」を自分の座右の銘とする事が出来た。芸の上達は、一生修業の中で頑張る、努力する厳しさが必要でそれが自分を磨き、音の中に入る心眼を植え付けてくれるのである。死んで後に解る才能ばかり考える愚者はその粗末なエネルギーの消耗を練習に向けねばならない。



二、音と心

音も心も見る事は出来ない。が、音は聴く事が出来、正直に弾く人の心を表現する。喜怒哀楽は勿論の事、醜く狭い心の持ち主はその音を、優しく心豊かな人はその音を響かせる。心の鍛錬は芸の基盤を持った人の次の一歩進んだ修業課程である。私は多くの弟子を教授していて、その出す音により個人の性格、人間性が良く分かる。真剣な心の修業が良い音、良い音楽を作る事を忘れてはいけない。研心を怠っていて口が達者で自分勝手な歪んだ心と損得だけを考えている人、人の気持ちの解せない無礼な人、は絶対に深い心ある音は出せず未熟な音のみを耳にする事だろう。研心して一音を最後まで静かに聴き心に響かせる事の出来る人は、気持ちよい音楽を生み、人間に幸福を与える、合奏においても、磨かれたすばらしい心と心の触れ合いと融合が秀れた重奏を呼ぶのである。これこそ「すばらしい箏の音色美」ではないか。



三、伝統芸術家の使命

現代の国際社会で一流国家とは他国に誇れる自国の文化を持ち、同時に真摯な交流により世界の国々の文化を理解する文化国家である。日本が一流国家となるためには今の経済オンリーにプラスして文化をもっと大切にせねばならない。日本の誇れる個性ある文化は勿論、伝統芸術である。これは日本の風土と日本人の心の中から生まれ育ち、私達の精神文化の結晶として今も未来に向けて発展している。伝統芸術に生きる私共は日本の伝統文化を世界に紹介する使命感を持ち、自ら閉鎖社会を作らず、もっと広い心と国際感覚を身に付け真の国際芸術家にならねばならない。そのためには過去の時代の基盤を大切に、現代に生き未来に向かう確固たる芸術指向を持ちその芸術を創造する事、私達が自分の芸の把握のみならず、世界の芸術をも強く理解し、各国の芸術家と溶け合う心を持つ事が必要である。私が競演しレコードも作った外国演奏家達、イギリスのジェームス・ゴルウェイ(フルート)、チェコのフデチェック(ヴァイオリニスト)、インドのラヴィ・シャンカル(シタール)等は、自国の音楽のみならず、日本の音楽をも充分に理解している国際芸術家であった。その演奏は今も印象深く脳裏に響き渡っている。伝統芸能の発展を考える時、私共が只やたらと「日本人なのだから・・・」と押し付け強制する事は一般の人々の反感を買い、自己の芸術、心をも破壊消滅させる。大切な事は、移り変わる時代精神を把握し、燃焼する心で、創造努力することである。



宮下流箏曲創始者 宮下 伸箏曲研究所 主宰  宮下社秀会 家元 宮下 伸
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